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火気厳禁の書斎

名は体を表す。です。

愛か恋か慰み者

百合 小説 あすれつシリーズ

六角鉛筆でマスを埋める。

「はぁ…」

もう三日も学校に来ていない。

あいつは何をやっているのだろうか。

一応、保健室には全生徒の出欠名簿が届く。

私に解ってることぐらいあいつも承知だろう。

なんでこんな馬鹿げた真似を。

気付けば貧乏揺すりをしていた。

 

夜の道を飛ばして帰宅する。

マンションのエレベーターは今日も無言で働く。

錘のような気怠さを連れて玄関を開けると、真っ暗な空間が口を開く。

スイッチを切り替える。

私一人の部屋。

あの子が居た部屋。

「あーっもう」

コートも脱がずにソファーに倒れ込む。

眼鏡を外して、しばらく目を瞑る。

「なんであいつは学校に来ないんだ…?」

悶々と思考のループを繰り返す。

最近まで毎日保健室に顔を出していたのに。

一日目は、仕事で乗り切った。

二日目は、我慢で乗り切った。

もう三日目は、耐え切れないと思う。

あいつはよっぽど私の中で大きな存在になっていたのか。

あーもう。

一しきり頭を掻くと、重たい体を起こして風呂を沸かす準備に入る。

 

軽い夜食を済ませると、ちょうど風呂が沸いたようなので、着替えを持って脱衣所に行く。

一通り体を洗い終えると、体をゆっくり湯船に沈めていく。

また明日がやってくる。

あすかが居ない学校。

不可ないのは理解ってる。

明日には、あすかが学校に来てくれるだろうか。

そんな期待をしている自分が、とっても情けない。

「……」

 

 

一日経って、また保健室に出欠名簿が届く。

「二年三組」に目を走らせる。

名簿番号三十四番。

「欠」。

 

職員室。

「すいません、ちょっと」

二年三組の担任教師に話し掛ける。

「ああ、何か」

「森永さん、もう三日も学校お休みしてますけど親御さんから連絡とか無いですか?」

中年男性教師は指先で弄ぶペンの動きを止めると、顎を撫でながら「うーん、無いですね」と一言。

「こっちから連絡を入れましょうか?」

連絡先名簿を手元に引き寄せて担任教師は続けた。

「まさかとは思いますけど、最近は色々物騒ですからね…」

頭が真っ暗になる。

あすかが学校に来てないのは、「来られない」から?

嘘だ。

悪い冗談だろう?

「ああ、お願いします」

何とか言葉を作ると、早足で職員室から出る。

何で私は冷や汗なんかをかいてるんだ。

何で私は。

心なしか呼吸も荒くなっている気がした。

下らない、そう言って割り切ることも出来るはずなのに。

私は再び職員室のドアを開ける。

「森永あすかの住所を教えて下さい」

 

三日間学校に来なかったのは何故だ?

私が煮え切らない態度を取り続けていたから?

だから、嫌気が差して学校に来なくなったとか?

それとも、親から何か、好ましくない事をされているとか?

もしあいつの身に何かあったら。

もしあの子の体に傷が付くようなことがあったら。

私はアクセルを踏み込んだ。

 

私の家から逆方向に進んだ校区に、あすかの家があった。

車を走らせて向かう。

「森永」の表札が見えると、すぐに車を停めた。

保険医の白衣のまま、学校を飛び出してきてしまった。

奥歯を噛みしめる。

インターホンのボタンを押すと、間延びしたチャイム音が鳴るだけで、返答は無かった。

もう一度押す。

返答は無い。

昼下がりの住宅街は静けさに包まれていて、私一人が場違いであるような気がした。

三度目。

三度間延びしたチャイム音が鳴る。

空白。

あすかは居ないのか?

ドアが開く。

「せんせ…?」

そこには部屋着の彼女が居た。

 

「ふざけるなよ」

「私がどれだけ心配したと思ってる」

「お前が居なきゃ私はなんにも出来やしないんだ」

涙で視界が曇る。

抱き締めた腕により一層力を入れると、言葉を続ける。

「いつか、お前から離れなければいけないと思ってた」

「昔の私みたいにはなって欲しくなくて」

「だから深入りし過ぎないように、無愛想にあしらってた」

「でも」

「離れられなくなってる自分がいた」

「お前の事が好きなんだよ、私は」

「好きだ、好きだ、愛してると言ってもいい」

「だから、もう、私の前から消えたりしないでくれ」

私より頭ひとつ背の低い彼女の肩を、もう離さないように強く抱く。

「先生」

「そんなに泣いてちゃ、せっかくの綺麗な顔が台無しですよ」

「それに―――」

「近所の人、気付いちゃいますよ?」

 

 

「邪魔するぞ」

家に上がることになった。

ダイニングのテーブルに勧められるまま座ると、「先生、コーヒーのと紅茶だったらどちらが」と尋ねられる。

「コーヒー」とだけ答えて、まだ少し濡れている目元を拭う。

「先生」

「私、嬉しいです」

沸きたての湯をカップに注ぎながら、彼女は言う。

「…っるさい」

運ばれてきたコーヒーに口を付ける前に、照れを隠しながら憎まれ口を吐く。

「大体お前、なんで学校に来てないんだよ」

あすかはちょっと困ったような笑いを浮かべ、「ちょっと、憂鬱になっちゃって」。

「なんか最近、先生もつれない態度とるし」

「なんだかなーって思っちゃって」

「そ、それは…だな」

「でもさっき、先生の本当の気持ち、聞けたので嬉しいです」

こいつは小悪魔か。

さっきからにこにこと私の方を見つめてくる。

「それより、お前、親御さんはどうした」

「普通気付きそうなものだが」

あすかはあぁ、と少し前振りを置いてから、「学校に行ったフリしてたんです」と答える。

「うち、共働きですから」

コーヒーを啜り、「お前のそういうところには感心するよ」と皮肉る。

彼女の小さい頭を撫でると、「さあ、学校行くぞ」と言ってみる。

「嫌ですよぅ、せっかく休んでるんですから」

「それより、『イイコト』、しません?」

顔が一瞬で熱くなる。

「お、お前な」

「まだ昼前なんだぞ!?大体未成年が――――」

唇を押し付けられた。

「続きは私の部屋で、ね?」

 

デジタル時計は午後四時を指す。

「そろそろ、学校に戻らないとな…」

散乱した服を集めて、シャワーだけ借りようとする。

「私も入ります」

そそくさと起き上がるあすか。

二人で風呂場に入ると、流石に狭かった。

「先生」

湯で体を流しながら、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ彼女。

「私、本当に嬉しかったです」

「だから、これからは先生を喜ばせたい」

あすかは私の胸に抱きつく。

「先生」

「先生も私の前からいなくならないで下さいね?」

笑みが漏れる。

そんなこと。

「聞かれなくても、わかってる」

小さな頭を撫でると、あの時より優しく、唇を引き寄せた。