火気厳禁の書斎

名は体を表す。です。

彼女は無慈悲な私の先生

「…」

午前0時。

私は半分開いたドアの前、確実な返事を待つ。

「…仕方無いな、入れ」

廊下の闇が、室内の光を呑み込んだ。

 

 

この二日間、私は学校行事の泊まりがけ遠足に来ている。

無論保険医の先生も一緒だ。

『将来学習』がこの遠足のテーマだけれど、私はそんなことを意識していないくらい、先生を想う気持ちが強くなっていた。

二人きりに。

浸り切って。

その後は―――――。

そんな考えを、孤独にも似たようなその感情を、持て余していた。

 

「お前、こんな事していいと思ってるのか?」

寝間着を纏ってはいるが、先生は先生のままだ。

こうなる事は分かっていた。

頭では、理解していた。

でも。

熱に浮かされた様に、私の目は潤み、頭は上手く働くなり、胸は苦しくなる。

「だって私、私――――」

涙が頬を伝う。

止めどなく、涙が流れていく。

「ごめんなさい、私、おかしいですよね」

目の周りを拭う。

顔が持ち上がる。

「先生…?」

先生の手が私の顔を捉え、捕らえ、確実に離さない。

その時。

瞬間、唇が重なった。

永遠のような、刹那のような時間が流れる。

先生の顔が遠ざかる。

「…これで満足か」

困惑。

落ち着いていた鼓動は再び早まっている。

「先生」

「そういうことじゃ…」

「そういうことじゃ、ないんです」

私が欲しいのは、先生のキスとかじゃなくて。

暫くの時間が経ったあと、先生は部屋の冷蔵庫から水を取り出して、「座れ」と窓際の椅子に促す。

言われるままに座る。向かいの椅子には先生が座った。

「一体お前は何が不満なんだ?」

重々しい声。

先生は今、何を考えているのだろうか。

私はぐるぐると渦を巻く思考の波に区切りをつけ、言葉に変えていく。

「先生、私はあなたのことが好きです」

「先生、貴女は私を好きですか?」

「それだけが私の心を惑わして、夜も眠れないのです」

放った言葉は、自分の物とは思えない程落ち着いていた。

返事は無い。

また、思考の渦がうねりを上げて私の頭に入ってくる。

想い人の気持ちがわからないほど、辛いことがあるだろうか。

また、視界が霞む。

本当は、ここにいるだけで幸せなのに。

恋の欲望は止まらない。

「泣くな」

私の頭を撫でる。

その手つきは、どこか不器用で、どこか優しかった。

 

「おい、起きろ」

先生の声で目が覚める。

まだ部屋にいた。

「もう二時だ、私もそろそろ寝ないと」

椅子から立ち上がって、大きなあくびをする先生。

目をこすり、かろうじてまどろみから脱け出すと、私は部屋から出る。

「お休みなさい、先生」

 

 

二日目の朝。

友人達と朝食。

今日は昼からバスで帰省。

なんだか全部が他人事。

顔の無いクラスメイト。

味のしない食事。

雨。

高速道路を進むバスの中、私は妙に冴えた頭を持て余す。

ドロドロに煮詰まった想い。

先生の気持ち。

でも、遠回りはしたくない。

昨日キスした先生の唇。

昨日撫でてもらった先生の手。

あれは、本物だったのだろうか。

雨が窓ガラスを打つ。

涙で濡れた世界。

何もかも捨ててしまいたい。

そんな、気怠さ。

嗚呼。

先生。

私はあなたの為なら何でもできるのに。

私はあなたの為なら死んだって、悔いは無いのに。

 

 

降り続く雨。

湿っぽい空気が一層、気持ちを鬱屈とさせる。

客席の上で体育座りする。

膝の傷口。

私と先生の、関係の証。

どうしたら、こっちを向いてくれるのかな。

どうすれば、私を好きになってくれるのかな。

乾きかけた絆創膏をいじる。

私は先生の恋人になれるのかな。

雨は、まだ止まない。