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火気厳禁の書斎

名は体を表す。です。

ウネ貴公子と緑茶亭の住人 後編

広間のドアを開く。

見慣れた風景とはいえ、大きな一枚の絵が無くなっていると結構様変わりするものだ。

「まあ、実況見分は要らなさそうだな」

爺やは特に解説することもなく、側に控えている。

一つの確信を持って、貴公子は告げる。

「この屋敷の中に『二十世紀の奇跡』があるはずだ。まずここに全員を集めてくれ」

「かしこまりました」

爺やは即座に広間を出る。

しばらくして、メイド五人、シェフ三人がぞろぞろと集まってきた。

「よし、では一応の説明をしよう」

「この屋敷から絵が無くなった前後、客人の出入りは無かった。また、外に出た使用人も居なかった」

「つまり、この中に犯人は居る」

僅かにどよめきが起こる。

「よって、この屋敷の中のどこかに絵が隠してあるはずだ。君達にも探して欲しい」

「二人一組で探してくれ、犯人が単独だった場合、絵が移動されるかもしれん」

「しかし、坊っちゃん

「我々を疑っておられるなら、それは…」

怪訝な顔をされてもこちらが困る。

「わかってる。第一、疑いがあるなら昨日の時点でわかってるはずだ」

深呼吸する。

「いいな?何かあったらすぐに呼ぶように。では捜査開始」

手を強く叩き、行動を促す。

「爺やはここに残っていてくれ。呼ばれたらすぐ行けるように」

「かしこまりました」

貴公子は絵画の隠された場所にいくつかの心当たりがあった。

まず地下へ降りる。

地下はいわゆる倉庫、それもアンティークの家具が大半を占めている。

まさに「時が止まった」ような、そんな空間。

コンクリート打ちっ放しの壁には空調機器が何台も置いてあり、調度品の保存に適した温度、湿度に保たれている。

天井の明かりを点ける。

柔らかい、弱々しい明かりが点々と灯る。

それは、光でさえ貯蔵された物々へ干渉するファクターであることを示している。

探す。

絵画はここぐらいにしか置いておくことができないだろう。

貴公子はここで思いを巡らす。

犯人の意図、つまり動機だ。

ここにいる使用人達は勿論プロだ。

その信用を、その信頼を裏切ってまでの価値がある―――ということなのだろうか。

大体、彼らは彼らの家を背負っている。

この世界では、家柄がモノを言う。

看板に泥を塗るような真似、間違っても出来るはずがない。

だとすると。

もしかするとこれは、狂言なのかもしれない。

そこで貴公子は『違和感』の正体に気付く。

警察は?

いやいやいやいや、おかしいだろ?

通報してないのもそうだが、父上から連絡がないということはそちらにも報告が行っていないと推測できる。

そして、この騒動の犯人は恐らく一人ではない。

あの大きな絵をどうやって一人で運ぶというのだろうか。

真っ先に思い浮かんだのは爺やの顔だった。

奴に限ってそんなことをするはずがないのだが、奴はこの屋敷の構造を熟知している。

しかし、例え狂言だったとして、犯人の動機は何なんだ?

貴公子は頭を掻きむしる。

嗚呼!

もう少しで解るのに。

 

結局地下の倉庫に絵は無かった。

半ば諦めたような心持ちで地上に戻ると、メイドの一人が駆け寄ってきた。

「ご主人様!絵がありました!」

おおっと。

貴公子は軽い足取りで、メイドの後を追う。

絵は広間の絨毯の下、蓋を持ち上げると現れた少し凹んでいるスペースに収まっていた。

収まっていた?

いや意味分かんないんだけど。

貴公子は爺やに目を向ける。

「爺や、このくぼみは元々何に使う為のものなんだ?」

「それは、元々夏絨毯を冬に仕舞う為のスペースでございます」

「ふむ…」

貴公子は大きな確証を得る。

「わかった。まずは昼食にしよう」

 

全員揃っての昼食。

「今日の昼食は牛肉とキノコのパスタ、旬の野菜のカポナータで御座います」

「よし」

全員が揃ったのを見、貴公子は意を決して言った。

「犯人がわかった」

静かに食事していた皆の手が止まる。

坊っちゃんそれは…」

爺やが真っ先に反応する。

「全員が揃うタイミングがここしかない。犯人がわかった」

「貴公子として、貴公子は推理した。まず物的証拠」

「しかし物的証拠はない。現場の写真もない」

「次に証言。メイド二人と爺やから証言を取った」

「しかし他者の証言と食い違う証言は得られず、しかもこの屋敷から出た人も入った人も居ない」

「貴公子は考えた。これは狂言ではないか、と」

「この中に犯人がいる、というのは少し間違えていた」

「狂言によって絵画を盗んだことにする、つまり隠す為にはこの屋敷の構造をよく理解していないといけない」

「つまり犯人は、貴公子の目の前でその隠し場所を明らかにした人物」

「爺や、ということになる」

声を上げようとする爺やを手で制し、貴公子は言葉を継いだ。

「動機だ。動機が足りない」

「爺や、お前は何を思って絵を隠したんだ?」

渾身の一撃。

全員の視線が爺やに突き刺さる。

「お話しましょう」

微笑を湛えて語る。

「この事件はこの家に伝わる『試練』なのです」

「当主に自らの家臣をも疑う精神、推理力を試す為の試練で御座います」

衝撃。

そんなことだったのか。

「見事、試練を乗り越えた坊っちゃんに、ご主人様から手紙が届いております」

爺やは懐から封筒を取り出す。

開く。

貴公子である我は目を皿にして、父上からの手紙を読んだ。

 

 

 

プライベート・ジェットの中で、貴公子はうたた寝から目を覚ます。

緑茶亭の住人達と過ごした数時間。

非日常の数時間。

夕焼けの空、貴公子は少しだけ、責任と誇りを感じた。