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火気厳禁の書斎

名は体を表す。です。

肉味噌炒め [初出:2012年02月07日]

我が家は父子家庭だ。

母は三年前に事故で死んだ。

僕は今中学一年生、父は三十七歳で、普通の会社員。

生活に苦しんだことはない、金持ちなわけではないが。

「いただきます」

今日の夕食は肉じゃがと小松菜のお浸し、キャベツの肉味噌炒め。

「お前、昨日のアレどうした」

「ああ、テスト?まだ帰ってきてらいよ」

キャベツを頬張りながら答える。

この料理の味噌のコクが好きだ、キャベツの食感もいい。

「なあ、ちょっと聞いてくれるか」

「うん?」

「これからちょっと帰りが遅くなるけど、我慢してくれるな?」

「我慢できるわ!幾つだと思ってんだよ」

父は本当に愉快そうに笑った後、

「そうかそうか、留守番宜しくな」

「分かった」

基本的に僕の朝食は前日の残り物だ。

今日はこの辺でストップして、明日に残しておこう。

「ご馳走様」

「おう」

僕は食卓を後にし、洗面台に向かった。

(遅くなる、ねえ…)

歯を磨きながらそんな事を考える。

出来立ての料理が食べられないのは残念ではあるが、仕事が増えたのは良い事だと言えよう。

複雑な気分でうがいをして、床に就く。

「あれ、お前ってもう風呂入ったっけ」

「うん おやすみ」

「おやすみ」

父はリビングと寝室を仕切る襖を閉じ、僕は天井の光源を消す。

目を瞑り、まどろんでゆく脳をかろうじて機能させる。

明日から留守番の時間が延びるのか…、何しよう…。

答えが出ないまま、就寝した。

 

 * * * 

 

朝。

僕が嫌いな時間帯だ。

手早く朝食を摂り、制服に着替える。

父はとっくに仕事に出ており、登校まで一人きりだ。

従って、この家ではズル休みが容易に出来る。

既に学校には親が朝早くから居ないということは言ってあるので、俺が連絡しても怪しまれない。

まあ、ズル休みしてる暇があったら勉強しろ、というのが僕の持論だが。

七時四十分。

そろそろ出発しないと遅れてしまう。

僕は無言で家を出た。

 

 * * * 

 

昼放課。

この辺から僕のテンションは上昇気味だ。

「おい」

話しかけられる。

「昨日の地震ヤバかったよな」

顔を見ると、小学校の頃からの友達だった。

「昨日地震なんてあったか?」

「いや、昨日の深夜にあった。絶対あった」

「寝てたから分からん」

「結構大きくてさ、死んだらどうしよう、とか一瞬考えちゃったよ」

「大げさだなあ」

「いやマジでそう思ったんだって。家族が死んだらどうしようとか」

「ふーん」

きーんこーんかーんこーん。

「やべ、次数学だ」

僕は数学の用意をしてない事に気づき、学生鞄を漁る。

そういえば今日から帰りが遅いんだったっけ。

ふと、さっきの会話が蘇る。

飲酒運転による死亡事故が増えていると何時かのニュースで聞いた。

まあ僕の父に限ってそんな事にはなるまい。

加害者は勿論、被害者にも。

 

 * * * * 

 

若干長い家路を歩き切り、家に着く。

今日は十一時ぐらいまで留守番か。

暇だな。

誰かと家で遊ぶ約束でもしとくんだった。

僕は自分の部屋に荷物を下ろし、居間のテレビを点ける。

HDDも同時に起動し、取り溜めておいた「日曜ロードショー」の映画を観る。

映画を観終わる頃にはもう既に夜の霧が辺りを包み込んでいて、月のシルエットがくっきりと見える様になっていた。

「ごはん、ごはんっと」

空腹を感じていた僕の脳と体が、本能のままにキッチンへと足を向ける。

冷蔵庫を開け、ぼくが見付けたのは、昨日の残りのキャベツの肉味噌炒めがあるだけだった。

白米は既に炊き上がっていて、味噌汁を作るのさえ我慢すればすぐに食事にありつける状態だった。

あと、レンジでチンしないと。

僕は本日のおかず一品をレンジに突っ込み、加熱している間に箸やコップを用意した。

チーン。

「あつッ」

しまった。

加熱しすぎたか。

慎重に皿の端を持ち、食卓に運ぶ。

「いただきます」

うん、美味しい。

多少は味が劣化するかもと思ったが、杞憂だったようだ。

レタスのレンジに入れたときのシナシナ感は見ていて可哀想になってくるのは僕だけだろうか。

 

こうして僕は、父親も居ない一日を過ごしたのである。